そもそも、石田はその某宗教団体で、幹部の地位にいるらしい。通常、幹部になるには多数の信者を獲得することと、広告塔となれるだけのカリスマ性が必要になる。つまり、人に好かれたり頼られたりするパーソナリティが必須だ。
そんな石田は、勤行、つまりお祈りするときに、「他の幹部が一生懸命広宣流布とか成仏とか祈願してるときに、女の子のことばっか祈ってた」と言って笑う。それもけっこう具体的で、「身長は150以下、おっぱいが大きくてかわいくてやさしくて甘えさせてくれて、向こうから告白してくれて……」などを、お祈りしてるときに何度も何度も心の中でリピートしていたのだという。
「ことごとく叶ったよ。顔以外は」と石田は笑いながら言った。それからおっぱいの話が始まった。なんでも、彼女はGカップで、生で見るとほんとにすごいこと。触ると手のひらから大きくはみ出ること。どんなにがんばっても指が胸まで届かないこと。彼は楽しそうに笑いながら次々にそう言ったから、僕もそれに応えて笑った。うまく笑えていたのかどうかは自信が無い。もっとも、彼のほうもそんなリアクションには慣れていただろう。
彼は強引な勧誘(折伏)はしない。ただ自らの体験談を話すだけだ。でも、それだけで結構な数の信者を入信させてきたはずだ。彼の言葉が本物で、成功者の言葉だからだ。
そこまで思って僕は、けど僕以外の人類の9割がこの手の成功者なんだよな、と一瞬考えて発狂しそうになった。そんなとき、僕は上を見上げる。天井の模様を眺める。それから一気に視線を下げて足元を見る。石田と友だちは似たようなスニーカーを履いている。僕たちのテーブルの近くをミニスカートの女子高生が通った。顔を上げると石田がその姿を目で追っていた。下から上へと視線が動いて、また下へと下がる。友だちは何故だか僕の顔を見ていた。明らかに発狂している場合ではなかった。
「こんなこと聞くと失礼になるかもしれませんけど、」僕が話しはじめると、石田は僕をまっすぐに見てきた。「それは功徳というよりも、石田さんの努力が実を結んだということじゃないんですか?」
石田は、ただただ彼女が欲しい彼女が欲しいと祈っていただけではなかった。前の彼女、つまり高校のときの彼女と別れてから、のべ8人の女の子に計10回くらいの告白をしている。そこまで積極的だったなら、彼女が出来るのも(そして、その子に告白されるのも)時間の問題だったのではないか。そして、間違いメールをもとにして仲良くなる、という芸当が決定的だ。仮に、同じ状況が訪れたとしても、積極性とは無縁の僕は相手のメールを放置して話を終わらせてしまうだろう。つまり、今の彼の状況は功徳などというワケのわからないものによってもたらされたのではなく、ただひたすら自分自身の努力と機転と積極性に由来しているのに、どうしてそこを誇らずに「功徳のおかげだ」などと嘯くのか、僕は不思議でしょうがなかった。
そんなに当たり前で簡単なことなのかな、女の子と仲良くなることって。
「努力っていうか、10回告白してきたけど、それ全部だめだったよ。だってすごくない? 死刑執行反対主義者なんて誰も知らないような単語のメルアドにたまたま送ってきた女の子がいて、巨乳で、18だよ?18。高校生。しかもちゃんと願っていたとおりに告白までされて。告白されるのって男の夢じゃんか」
全然理屈じゃなかった。質問に返答していなかった。でも反論しようがなかった。確かにそれが事実だった。
彼の話には日蓮の影が非常に薄かった。というか、彼の話に日蓮は登場しなかったと言ってもいい。彼が祈る対象は日蓮でなくても構わない。イエスでもいいし、アラーでもいいし、ひょっとすればナポレオンでも、ビン・ラディンでもいいのかもしれなかった。
昔、僕がまだ正真正銘の子供のころ、「強く強く、本当に強く願ったことは叶う」と言った人がいたのを思い出した。もう声なんか忘れてしまったけど、小学3年のときの担任で、前頭部が若ハゲでピカピカ光っていたのははっきり覚えてる。当時僕が好きだった同級生の文ちゃんを掃除の時間にふざけて抱っこしてて、羨ましくてしょうがなかった。たぶん、はじめて嫉妬を覚えたのはそのときだった。将来、先生になってやるとか思ってた気がする。
けど、今のご時世そんなことするとセクハラ扱いされるのでやめといて、文章にもまとまりがなくなってきたので、とりあえず、こんなことを言って締めくくっておこう。
「強く強く、本当に強く願ったことは叶う。しかし、その崇高なる行為は、すごくすごく、本当にすごく努力した人間にしか許されない」
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