みんなそんなの意識しないという。
僕は意識するし、意識していた。
ただ、しつこい前述のように、自分を一歩二歩下に置いていたので、高低差は当然あるものだった。
でも、いったんそういう「作られた高低差」から解き放たれた僕が、その後に再度本物の高低差を感じた、というのが今の状況なわけで。
自分は社会の中で何者でもないのに、昔からよく知る人物が社会を作っていくほうに回ったらどうかと、ちょっと考えてほしい。
いや、努力とか運とか実力の証だからさ、祝福はするよ?
でもそれだけじゃないだろう。
いや、考えてよ。
男同士の人間関係って、同列が多くないか? あえて言っているよ、同列って言葉は外聞が悪いけれど、あえて言ってるよ、同列が多くないか?
社会人になるとさ、同じ会社とか同期とかが人間関係になってきて、たまに大学の同窓生と会うと「やつはもう課長になってるのか。給料も多いんだろうな」「えっ、あいつ結婚してたんだ!? 子供も2人!? おれなんて彼女ももう6年いねえよ」みたいな、劣等感的なものを感じるじゃないか。実際には体験したことないけれど、想像できるでしょ? どっかで見たことあるでしょ?
いや、みんなこういう気持ちはわからないって言うけど、あるじゃん普通に!! 今書いてみて驚いたわ! 普通じゃん!
友だちの友だちの知り合いの話で、って要するに信頼性薄弱すぎるんだけれど、東大出て職無くて、親の仕送りで一人暮らししててカード使い込んで借金まみれになって、さすがに仕送り打ち切られて、実家に帰るのはいやだから就活始めて、なかなか決まらなくて、零細企業(侮蔑の意思は無い)で面接を受けたときに親を思って涙を流して同情のような形で就職をした、っていう話がある。たぶんこの人、大学の友だちとは一切疎遠になってるはずなんだよ。そもそも友だちいたかどうかすら疑わしい。だってそうだろ。恥ずかしくて顔出せねえよ。
おれだって就職先無いまま大学を卒業したとき同じ感じでしたよ。就職だけじゃなくってお金の問題とか色々ありすぎて卒業式なんて出れたもんじゃなかった。
かと思えばこの友だちの友だちっていうのがまたおかしなやつで、信越の某国立大学を出て、東京で一人暮らしして、図書館で働くけど正規雇用ではなく、手取りで16万円にも満たなくてそのくせ荻窪で7万円のアパート借りて暮らしてた無謀な男だけれど、なぜか昔から女にモテる。やっぱりそのときにもご飯作りに来てくれる彼女がいて、楽しく暮らしてて、でも生活苦しいのは事実だから地元の愛知に帰って、でもそれも関係なく彼女に結婚を迫られてて、たぶん彼は結婚する。
ともかく、元同列の人のあいだに劣等感みたいなものを感じたとき、それに対する対処法って3つあると思う。
1.付き合いがだんだん疎遠になる
2.彼に追いつきたい、という一心で努力する
3.そもそも高低差を意識しなくする
おれは1の選択肢を選びたくないのね。そうすると、2か3。
他人との比較対象は限りがないから、3の選択肢はつまり、自分が絶対的に求める部分を充実させて他のものは些末なものとして処理するということになる。
人によって簡単なんだろうけれど、もともと興味が分散しやすくて一点突破型の人間ではない僕にとっては、そう簡単じゃあない。あれやこれやの要素のそれぞれに価値を認めてしまってしまう。
考えてるのはそこ。
ここまで書いてきてわかった。
要するに幸せになれってことだ。
考えられる全ての要素が満たされている人間なんてそうはいない。それでも幸せを感じられる人間はいる。
そういう人間になれってことだ。
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