インテルがネット上でやってる「作家になろう!」プロジェクトというのがあった。サーバー上で自分の本を作って、それを作家(登録者)同士で公開しあい、人気を決めて、1位になったら実際に出版される、というもの。小説だけじゃなくてエッセイとか写真集とかもあって、選択の幅は狭いけど、ある程度は自分で自由に構成を決められる。
僕は以前文芸部で書いた短編小説を載せておいた。このサイトってやつがけっこうリアルで、ページをめくったりするところとか、実際に本をめくっているみたいになる。そうするとどういう現象が起きるかというと、やっぱり少し良く見えるんですよね。エディタ上で見るぶんには屁にもならないような駄文が、きちんと構成すればなんかちゃんとした(?)小説みたいに見えてしまう(錯覚だと承知してはいるけれど)。それは自分のだけじゃなくて、他の人の書いた本も同じ。一見して文章がヘタクソに見えるのに、「これはこれで味なんじゃないか?」とか、「この崩れてる感じがいい」みたいに、いいところを見つけようとしてしまう。自分に苦笑するしかない。
ただ、やっぱり長く書いてる人はあまりいないみたい。「新着」と書いてあって読んでみたら、まだ7ページしか書いてなくて執筆中、みたいなのがザラにある。「現在人気1位」って書いてあるから期待して読んだらこれも執筆中。
作りかけを公開することに対する是非はともかく、この「作家になろう!」キャンペーン自体が始まったばかりで、終了するまでに半年以上もあるから、このペースは仕方ないのかもしれない。
問題は、今のペースを維持できるか、ってことだ。
小説家志望者の中って、意外と瞬発的な実力・筆力に大して差は無いんじゃないかと思う。差が出てくるのは、きっと持久力なんだ。初めから終わりまでずっと同じテンションを保ったまま書けるか、というのもそうだけど、そもそも、長編小説を一定期間書き続けることができるか、ということでもある。
文芸部に身を置いていたときから気づいていたけど、掌篇で傑作を書くことなら何人かができていた。それこそ、プロと比較しても遜色ないくらいに。けど、長編を書く能力はどうだったんだろう。書いてたのだろうか? 書く気も起きなかったんだろうか? 真剣に小説のことについて話しあった一部の人たち以外のことは僕はわからない。おもしろくなかったけど、きちんと完成されたひとつの長編を書いた人がいて、僕はそれを単純にすごいと思った。
これは小説家志望だけじゃなくて、すべての人間にあてはまることなんじゃないかと思う。つまり、持久力、テンションを維持できる能力は、人間が幸せになるための必須条件なんだろうなあ、と思う。
今がどんなにみじめでも、毎月こつこつと貯金したり、素敵な恋人候補といつ出会ってもいいようにおしゃれや身だしなみを欠かさない人ってのは、とにかくうまくいくんじゃないだろうか。僕は、人間はパラメータ的に勇者傾向で、個人個人で違うのはレベルだけ、っていう考え(勇者理論)だから、ひとつのことをうまくできる人は、じつはすべてのことをうまくできる人でもある、と考えている。そういう人に小説を書かせてみてもうまくやるんじゃないか、とも。
そもそも、一点突出してる人物なんて、現実でお目にかかったことがない。
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