かわいい女の子というのは、制服を着た女子高生だった。ロリコンだとかそういうこととは関係なしに、ただふつうにかわいかった。
その子は例のかっこいい男に連れられてやってきた。その子に僕を勧誘させて本格的に入信させる、それが目的なのは明らかだった。ただ、そういう女の子に対する僕の反応だけが誤算だったのだろう。
誰でもそうなのかもしれないし、僕だけなのかもしれないし、あるいは僕みたいなやつに共通していることなのかはわからないけれど、かわいい女の子と近い距離にいる場合、目を合わせたり顔を見たりはできなかった。5mくらい距離を保っていればまったく問題ない。また、それほどかわいくなければ、まあ近い距離でも問題ない。ブサイクだった場合、逆の意味で顔が見れない(見たくない)。
今ではそれほどでもない。予備校時代に重度の対人恐怖症だった僕はそれからいろいろあったりなかったりで、今では多少の女性恐怖症が残っているくらいだ。けれど、その当時というもの、僕は女の子と2分以上会話を続けた経験の無い男だった。
会話に関しては問題がなかった。やっぱりというべきか、彼女はどういうふうにくだんの宗教が素晴らしいのかを説くだけだったし、その内容も散々聞かされてきたものだったから、僕は曖昧にうなずちを返したりちょっと反論してみたり、ときには興味が湧いてきたふりをして質問をしてみたりといった、それまでずっと繰り返してきたような態度を取り続けるだけでよかった。
ただ顔が見れなかった。顔が見れない僕は、それでも顔を背けて人の話を聞けるほど失礼な態度はとれなかったから、必然的に、すこし視線を下げて彼女の話を聞き続けた。顔から視線を下げると、そこには胸がある。
僕は彼女の胸を見ながら、話を聞いていた。思い返してみれば、という話だ。意識のうえでは、僕に「胸を見ている」という感覚はかけらもなかった。顔が見れない。すこし視線を下げる。するとそこにたまたま胸がある。そういうことでしかなかった。本当は胸なんかより顔を見ていたかった。
小さいテーブルの真向かいに座った彼女の目は何が楽しいのかきらきらと輝いていた。今まで目にしてきた中で間違いなくもっとも美しいもののひとつだった。
結局彼女と会ったのはそのときの1回きりだったし、名前なんて覚えてすらいない。そのあと僕は勧誘に対して頑なな態度を崩さず、宗教関係の人たちとは疎遠になった。
けれど、今になってもときどきあのときのことを思い出す。
僕には「胸を見ている」という意識はまったく無かった。でも、胸を見ていた、という事実は覆らない。あのとき、話を聞きながらずっと胸を見てくる男に対して、彼女はなんて思っていたのだろう。
その半年後、今度は別の人、それも自分にとってとても大事な人に対して、同じようなことを繰り返してしまう。
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