「後悔しないように生きたい」なんて言う人がいる。グループ面接のとき、実際そういうふうに自己アピールする人を何人も見てきた。
けれどそんなのは無理だ。「あのときこうじゃなく、ああしていたら……」なんていうのは絶対にある。もしそうじゃない人がいるとしたら、その人は「今」が幸せで他のことなんて考える余裕の無い人か、別の可能性を考えられないほどに想像力の無い人か、あるいは妥協を繰り返すあまり妥協するのに慣れきってしまった人に他ならない、と思う。
「ひぐらしのなく頃に」というゲームで、印象的な話があった。正確には覚えていないから自分なりにアレンジして紹介すると、こうだ。
あなたの部屋に彼氏がやってきた。なにやら両脇に荷物を抱えている。あなたが何度も見てきた、照れ隠しの笑みを浮かべながら彼は言う。
「今日○○の誕生日だったよね? プレゼント何にしようか選んでて2つまでは絞れたんだけど、その2つともいいものでさあ、決められなくって。どっちか選んで。で、残ったほうは俺にちょうだい」
コトリ、という音とともにテーブルに置かれた2つの荷物を見る限り、大きさや重さに大きな違いはない。中身を確かめようとあなたは手を伸ばす。が、その手を彼の手が止める。
「だめ。このままで選んで」
さて、どうする。
右側の荷物を選んだあなたは後悔する。中を開けていくと、プレゼント用の包装の中になにやら見慣れたものがひとつ、無造作に置かれている。
「はい、誕生日おめでとう。チュッパチャップスチョコバニラ!」
左側の荷物を選んだあなたは後悔する。中を開けていくと、プレゼント用の包装の中になにやら見慣れたものがよっつ、無造作に置かれている。
「はい、誕生日おめでとう。うまい棒タコヤキ4つ!」
後悔するかしないか、どちらがいいか悪いかなんて「未来」になってみないとわからないし、どちらにしても大して違いはないものだ、という話だ。
無論のこと、誕生日にそんなふざけたプレゼントをくれる男に対する態度もまた、いろいろなバージョンがある。徹底的にケンカし反省させてつきあい続ける、という選択肢。そんな男に見切りをつけてさっさと別れる、という選択肢。
ただ、こちらにしたってきっと正解はわからないし、たぶんそんなものは無い。
前者については、つきあい続けたことを後悔する可能性がある。誕生日プレゼントにそんなものをくれる男は、茶目っ気はあるにしても人に対してなかなか真剣になれない男で、日常生活のいたるところで甘えが見られ、2年3年経つとだんだんそのことに我慢ができなくなってくる。
「なんであのとききっぱり別れちゃわなかったんだろう。そういえばあのころ仲良くしてくれてた男の子いたなあ。思えばあたしに気があったのかもしれない。彼と別れてあの子とつきあってれば、あたしはもっと幸せだったのかな……」
後者については、別れたことを後悔する可能性がある。衝動的ながらも決断を下し、きっぱりと別れたはいいが、その後ろくな出会いが無い。何人かとつきあったりするものの、どうもしっくりこない。彼氏と街を歩いていても、何かの拍子にしばしば昔の彼のことを思い出す。
「なんであのとききっぱり別れちゃったんだろう。あれくらい大目に見て我慢すればよかった。っていうか、ちゃんと話しあってケンカして、そしたら彼もわかってくれたかもしれない。それでもときどきはふざけて、毎日が楽しくって、あたしはもっと幸せだったのかな……」
「未来」のことなんか絶対わからない。人がいつ死ぬかだってわからないのだ。
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