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「ここでは働きたくない」――大学生がそう感じている業界は?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1847276&media_id=40

「教員・公務員」って人気無かったの!?
周りがみんな教育実習とか公務員試験受けてたけど……。あれってなんの意味があったのさ。単にわかりやすい道を辿ってみただけじゃないのか。
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 群馬の旅行から帰った2日後、僕は大荷物を携えて、高崎へ向かう新幹線の中にいた。旅行計画段階では、まさか群馬で住むことになるとは思っていなかった。

 来年の春まで、いるつもりです。
 こっち来てから知りあって意気投合し、今度遊びに行くことになった女の子にメール送ったはいいが、3日後の今になっても返ってこなくて泣きそうになっている相変わらずの僕ですが、それなりには元気です。
 っていうか、同じようなことがここ1年で4件発生してる。
 しかも今回ばかりは社交辞令ではないはず、なの、に……。

 閑話休題。ちなみにここから超長文になります。
 している仕事は非常につまらない仕事です。猿でもできる際たる仕事。この仕事ができたからといって何の益にもならないし、すべての経験は何かしらの価値があると思っている僕でさえ、これだけはなんの価値も無いと思う。
 以前の仕事は楽しかった。後半は嫌になってきたけど、研修のときから今まで経験してきた仕事の中では飛び抜けて楽しかった。仕事内容、同僚、上司たち。思い返せば、毎日必ず誰かと話す、という経験は、今まで生きてきて、もちろん学生時代も含めて、まったくの初めての経験だった。仕事柄、という意味ではなく、仕事以外の場面での話だ。
 今はそれに比べたら刑務所にいるようなものだ。
 前の仕事場に入る前、じつは今と同じようなところで1ヶ月だけ勤めていた。そこが嫌で初めて本気で就職先を探した。在学中にももちろん就活はしてたけど、あのとき初めて、本気になった。
 では、今の仕事もすぐ辞める? 
 答えはノーだ。
 あのときは正社員という道が見えていた。正社員になって、ずっとつまらなくて何の益も無い仕事を続けて貴重なキャリアと20代の時間を無為に潰す将来が見えてしまった。だから辞めた。そんな人生ならホームレスのほうがよっぽど楽しそうだと思ったものだ。
 けれど今の仕事には正社員の道がまったく見えない。なれないわけではないがなる気が無い。割り切っている。非常につまらないし苦痛だし猿でもできる際たる仕事だが、給料が前の職場よりおよそ1.5倍多い。退職金制度もある。
 このお金を元手にして、来春、東京で正社員になる志が、ある。


 前の仕事を辞めるとき、色んな人に報告した。残念がってくれる人が多くて、村山さん(仮)含めた上司にも可愛がってもらえるようになってきた時期だったから、後ろ髪も引かれた。
 ただ、わからないのが「もったいない」とか「なんで?」と言う人がいたことだ。
「なんで?」と逆に訊きたい。

 今の仕事と前の仕事。一生続けるならどちらかと問われれば、迷いなく前の職場と答えよう。たとえ給料が少なくてもだ。ただ、その比較は次元が低いと思う。悪口とかではなくてただの分析です。
 業界、業種、事業形態、職場。この大事な4つのどれにも将来性が見受けられないのはある意味稀有な職業だという気がする。
 人口が飽和し、人口減に向かってくる時勢にあって、新規顧客の獲得が困難になってくる。
 スマートフォンにほぼシフトしている現状で、共通プラットフォームであるAndroidの席巻により、キャリアごとの差異は今まで以上に小さくなってくる。
 インターネットの標準化とそれに伴う情報の蓄積がますます進行していく。加えて、老人が死に絶え、各種リテラシーを身につけた人たちが増大していくにつれ、電話での問い合わせそのものの重要性が加速度的に低下する。
 典型的な縦割り業務で、他部署が何をどのようにしているのか知らない。というか、知るすべすら用意されていない。お客様の声が本当に担当部署に届いているのか? 届いているのなら、何故その声の検討結果のフィードバックが一切現場に下りてこない? サービス改善に繋がる声を軽視して、その場その場を丸く収めることに腐心するのが電話応対のあるべき姿だとでも言うのか。
 極めつけは、いくらあの職場で出世したところで、これらを改善する権力も持てない点だ。あの森◯さんやゆ◯こさんでさえ契約社員の身であることを聞いたときには、耳を疑った。ボーナスも出ないし、時給で働いている。できるのは、職場環境を良くすることと、頭がおかしかったり、態度と声が大きかったりするお客さんに、他にいくらでも我慢している優良なお客さんが事実いるにも関わらず特別に便宜を図ったりあしらったりすることだけ。


 個人的に、自分が引き受けた仕事を自分で最後まで全うできないのが嫌だった。せめて担当制で、お客さんと向き合い、各部署と自分で連携を取って、自分で最後まで責任持って対応できるようなシステムだったらよかったのに。
 だから、マルチマスタがいったい何なのだ、と僕は思う。
 ある職場でちょこっとサービス商品知識が増えて、それにしたがって対応できる範囲がほんの少し広がったくらいで、だから何なのだ、と思う。

 アニメ『プラネテス』で、フィー・カーマイケルはアルヴィンド・ラビィに向かってこう言う。
「会社が社会じゃない!」

 たかだか1年半しか在籍してなくって、積極的に情報を吸収しようともしなかったいちOPが何を、という気がしないでもないが、そう感じていたのは事実だ。
 だから辞める理由を人には説明しづらかった。完全に人と一対一の場面でしか言わなかった。

 でも、とても楽しかったのは掛け値なしにほんとうです。
 みなさん、ありがとうございました目がハート
 翌朝は7時ごろ起きて(起き難かったが)、階下のレストランでバイキングを摂った。
 朝食後にまた風呂に入る。
 温泉は黄金の湯、白銀の湯といって2種類用意されていた。どちらも、いろんな意味で温泉らしくない、さっぱりした浸かり味がする。慌しくなってきた観光地・伊香保の様子を眺めながらゆっくり浸かった。

 群馬は僕にとって因縁浅からぬ土地だ。あえてわかりづらい表現を使うと、群馬は僕をして過去を回想させる。それはすなわち、大学時代の後悔を刻印しているということを意味する。
 要するに、朝起きたらそういうのを思い出して、これからの将来のことに対する希望もすっかり抜け落ちてズドーンと来ていたのだ。
 そんなことをついツイートしていたら、一緒にいた友だちがそれを見て心配してくれた。嬉しかった。面と向かって言わないけど、きみはほんとにいいやつだ。幸せになるべき人間だ。努力してるし、別に僕が願わなくても勝手に幸せになるんだろうけど、もし、何かやっかいなことがこの先立ちふさがるときが来るなら、その露払いとして僕を使ってほしい。全力で任されるよ。

 さて、2日目の予定だが、前日の出発時間がずれこんだこともあり、少々予定よりも変更した。まず、伊香保にほど近いおもちゃ人形自動車博物館へ。

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「おもちゃ人形自動車博物館」とあるが、展示されているものは節操の無さを感じさせるほど多岐にわたっている。テディベア・キューピーちゃん・レトロおもちゃ・自動車・リス・ワインetc……。その中に昭和の町並み再現コーナーがあり、駄菓子屋や輪投げ屋などのセットが作られ、昔懐かしの物品が並んでいる。写真はその中のひとつ、ジュークボックスである。

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 おわかりいただけるだろうか? おそらく、10個重なったこの鉄線のひとつだけに電熱を流すことにより発光させ、数字を浮かび上がらせる仕組みだ。この、シンプルな美しさをおわかりいただけるだろうか?

 自動車コーナーでは楽しみにしていたこれが間近で見れた。
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 トヨタ2000GT。長いノーズにレトロだけれど機能的なインパネ。
 写真では何度も見たことあったけど、実際に見るのとでは違うものだ。思ったよりコンパクトに出来ていることに感動した。自動車博物館、とか大きく出るくらいなのだから、ひょっとしてシートにも座らせてもらえるのではないか、と淡い期待を抱いていたが、さすがに無理だった。むしろ、触れさえもできずに、ある程度の距離から眺めるしかなかったのは残念だ。

 ところで、うすうす感じられるように、今回の旅行での目的地選定は、ほぼ僕の希望に添っている。が、別にわがままを言ったわけではない。
 群馬の観光地、のワードでググッてもらえればわかるが、あまりにも見所が少ないのが群馬だったのだ。行きたいところ、おもしろそうなところが複数ある、という状態ではまったく無かった。むしろ、僕が提案した場所以外に特にスポットが見当たらなかったのが、悲しいことに事実だった(群馬県全域で考えれば、吹割の滝とか積善館とかあったが、高速などを考慮すると現実的じゃなかった)。

 おもちゃ人形自動車博物館の近くには「珍宝館」というものがあって、いわゆる性的なモチーフを展示するよくある博物館のひとつなのだが、そこに行こうかという話も、一瞬だけ出たには出た。
 ただ、一人の友だちが、その友だちの経験談として語ったところによれば、
 館内には館長兼マンチョウがいて、入館すると入館者の股間をいきなり握り、「きみ、剥けてないね」などと言う。展示物は主にそそり立つ男性器で、たいてい汁(に模した水)が滴っていて、たまに、その汁を受け止めるかのような場所に女性器(を模した岩)がぽつぽつと展示されている。
 これは恥ずかしい。なにを好き好んで館長兼マンチョウに股間を握られに行かねばならないのか。しかも、展示されてるのが主に男性器だって? ゲイの匂いがする。そんなの、恥ずかしさを捨てた若い女性数人グループが行けばいい場所だ。男が行く場所じゃない。……みんなもそう思ったのかは定かではないが、珍宝館に行こうという話を出すことは以降なかばタブー視されることになる。

 昼飯は高速使って、ちょっと遠い館林へ。ほんとはこの日の昼は水沢で水沢うどんを食べる予定だったが、前述のように予定を変更し、この機会を逃せば一生食べることが無いという判断でなまずを求めた。

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 うどん本丸という店。品名なまずセット。左上の天ぷらがそう。
 川魚らしく、淡白でありながら身がほくほくしてちょっぴり甘い。
 正直、感動した。伊香保から1時間ほど+高速代がかかったが、十分元は取れた。

 昼食後、来た道を取って返し富岡市へ。

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 日本史の教科書に必ず出てくる、日本初の機械製糸工場であり官営模範工場でもあった、富岡製糸場。

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 相当地味な観光地のはずなのに何故か人が多くて笑った。どれだけ観光地無いんですか、と。

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 レトロな内外観がおもしろいが、機械には触れられないし、見れるところもかなり制限されていたのが正直残念なところ。女工の宿舎内部とか、どうして公開しないかなあ。工場の歴史とか、事前に調べられるような類のものなんて全然いらないよ! 「男軍人 女は工女 糸をひくのも国のため」でしょ。人の生活こそ、現地でしか実感できないものなんだからさ。

 富岡製糸場を後にすることには日が暮れはじめていた。最後の目的地、群馬大学へ。むろん、僕の趣味全開。県外に行ったら必ずその地の大学に訪れるのが自分的ルール。

 ただ、17時を回っていて、なおかつ日曜日ということもあり、図書館も食堂も生協も学生会館ももちろん校舎も全部閉まっていたのが誤算だった。写真も撮れない。そんななか、なんとか学生掲示板を撮る。
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 どうやら群大ではカヌーの授業があるようです。リア充が集まる授業になってそうです。近寄りたいけど、近寄りたくないな。


 そうして、僕たちはグンマーから脱出した。途中、彼女に会いにいく友だちを長岡で降ろし、23時ごろ、新潟へ帰りついた。

 その後、僕は休むことなく別の友だちへ会いに行く。時間が無い。その理由は次の日記で。





 
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 近年になってネットで注目されている「グンマー」に旅行に行ってきた(註:彼ら東京人にとって、新潟(ニーガタ)はさらにその奥地に存在するとされ、マルコポーロの時代で言うジパング的な扱いになってます。もちろんネタですが)。

 レンタカー借りて、上信越道・関越道。車運転するのは久しぶり。けれど、もともと飛ばす用途で作られている道路を飛ばしたところで特段気持ちよくない。市街地で色んな情報読み取って安全に運転するほうが、技術介入要素が豊富で楽しい。

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 途中、越後川口SAで昼食を摂る。このときすでに12時前。

 じつは、当初の予定では朝の9時に新潟を出て、13時までに館林でなまずを食べる予定だった。その予定が狂ったのは、僕が少し寝坊したこともあったが、友人の一人がiPhoneを予約していたからだった。何でも新潟で扱う店が新津と長岡と東新潟の3つのauショップにしかないらしく、10時の開店を待たなければならなかったのだ。僕らが店舗に到着したとき、取り扱い店舗が限定されているだけあって、for stevenとも称されるiPhone4Sを求める客が予約待ちの列を作っていた。ちなみに、この店舗で前の職場で同僚だった人と再会した。僕のことを覚えてくれていたようで嬉しい。
 予約が完了して高速に乗ったのが11時を回ろうかという頃。予定より2時間遅れての出発だった。目星をつけていたなまず料理の店が15時で一旦店じまいということもあり、何の変哲も無い山菜うどんで妥協した次第だ。

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 渋川伊香保ICで降りた僕らは、伊香保の温泉街をそのまま通過し、榛名山へ向かった。知る人ぞ知る、頭文字Dの主舞台である。劇中では「秋名山」という名前で描写されている。
 写真は榛名湖。拓海となつきとか、拓海と樹とか、文太と店長とか、文太と小柏とか、キャラ同士が重要な会話をする際にやたらとよく出てくる場所だ。

 ……という場所柄、ぜったいにいるだろうなと思っていたが、やっぱりいた、パンダトレノ。
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 峠道に関しては、ヴァーチャルで何度も走ったことがあり、道順や走り方もそれなりに知ってはいた。その、何度も走った峠道が今、実際に存在している! 走っている! タイトなヘアピン! 涎が出そうだ。できれば道路幅目一杯使ってコーナリングしたかったが、そこは何とか抑えた。だいたい、レンタカーのヴィッツで攻めたところで格好がつかない。対向車も多い。
 それでも、つい立ち上がりで必要以上に加速したり、ブレーキングを遅らせたりしてしまう僕を見かね、同乗者から抗議の声があがり、帰り道では運転を交替させられることになってしまったorz
 とはいえ、運転を交替した友だちにしても結構運転が荒かったが。いわく、「これは気持ちわかるわ」とのこと。

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 道中にある展望台からの景色。こうしてるあいだにも、山間からはスキール音が頻繁に聞こえ、S2000、インテグラ、ランエボ、スープラ、シルビアといった名だたるスポーツカーが疾駆していっていた。

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 次に向かったのは榛名神社。縁結びの神様がいるという。
 正直期待していなかったが、参道が長く色々あって結構楽しめた。
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 水琴窟。アングルの関係で見えないが、岩に中空の竹が2本刺さってて、2人で同時に同じ音を聴くことができれば末永く幸せになれるという、もっともらしい曰くが付いている。曰くはともかく、音を聴いてみたかったが、このカップルだらけの中、男1人で聴きに行く度胸は無い(男同士で聴きに行く度胸はもっと無い)。

 拝殿の前では社務所があって、恋みくじというものが、捨てたら呪われそうな折り紙人形とセットで販売されていた。買ってみた。運勢はそのものは中吉で、恋愛運が、
「一人の夜々は辛くても 実に素晴らしい人に遇い 熱い愛を交す運勢の下にあります 気付かないでも恋されているかも知れません その時こそ一つの愛に生きましょう 今こそ倖せを祈りましょう」
 こういうのをやるたび、こういうような宣託をここ5,6年ずっと言われ続けている。
「その時こそ一つの愛に生きましょう」。「その時」って何ね!? 「一つの愛に生きましょう」言われなくてもそうするわw 
 この無難な加減こそ、中吉であるというなによりの証拠だ。
 もう、僕は疲れたよ、パトラッシュ。
 
 ちなみに、大好きな彼女がいる友だちがやったら、同じく中吉だったが「枯葉のように儚く散る」と書かれていた。本気で嫌がっていた。枝に結んだ後も不吉そうにしていて、悪いけどおもしろかった。

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 みそおでん。おでん、というか群馬名物こんにゃく。そして、確かにおいしかった。こんにゃくがおいしいと思ったのは初めてだ。

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「無限龍」「テレパシー」「おあしす」。こういう意味不明な看板も旅での醍醐味のひとつ。デザインからして「おあしす」が店名のようだが、「無限龍」? ググッてもデュエルマスターズしかヒットしない。さらに「テレパシー」が拍車をかける。果たしてこの3つの文章はどのように繋がるのか。
 ……まあ、この場では答えは出ないよね(ドヤ顔)。

 榛名神社を辞す頃には日が目立って傾き初め、若干肌寒さを感じるようになった。色づきはじめた紅葉を眺めながらこの日宿泊する旅館にたどり着く。

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 ちょっと奮発しただけあり、部屋の広さといい、設備といい、文句のつけどころは無かった。温泉も内風呂と露店風呂がそれぞれ2カ所ずつある。

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 夕食の時間まで石段街を散策することに。

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 温泉が流れてる。

 石段の途中には外湯や雑貨屋、射的場などが複数あり、僕たちは手裏剣投げに挑戦することにした。
 3投中1発命中させた僕の戦利品。
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 衝撃を与えると4色に激しく光る。現在は猫のおもちゃと化してますw

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 土産物屋でおみやげ物色したり、竹林に囲まれた超高級旅館を遠目に覗き込みながら散策を続ていると、あっという間に日が落ちていた。お腹も減っている。

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 人間の五感を文章で描写するのは相当な高等技術だと思う。というわけで、さしあたり、おいしかった、とだけ表現しておこう。
 初めて食べた湯葉のなんと美味だったことか。上州牛の柔らかさには思わず頬が緩んだ。このあとご飯と鮎の塩焼き、そしてデザートも出て、味・量ともに大満足の食事だった。


 温泉には1時間くらい浸かっていただろうか。温まったら外に出て温泉街の風景眺め、入りなおし、また温まったら、を繰り返した。

 就寝は確か23時くらい。彼らはいつも寝るのが早い。せっかくだしもうちょっと話そうや、と思いつつも、弛緩しきった体と久しぶりに横になる柔らかな蒲団が僕にそれを許さず、僕もそれに抗うことなく穏やかな気持ちで目を閉じた。

 1日目終了。
 アルバムの規格と写真のサイズが合っていないのか、写真はぴったりと嵌らずに若干収納スペースに余裕を残していた。しかし写真はすべてフィルムに貼りついていて、収められたその瞬間からおそらく時を止めていた。ただ、唯一残る父の写真だけは貼りついてなく、フィルムの上からそっと手でこすってみると簡単に動いた。他はきれいなのにここだけフィルム部分もくたびれていて、そこで僕は急に後ろめたさを覚え、そのままアルバムを元ある場所に戻した。
 それが中学確か1年で、自分の身長の低さは父からの遺伝だったと初めて知ったときだ。僕にとっての父はだからそのとき突然に青年の姿で現れ、10年経った今でもまったく同じ姿で僕の脳裏にある。
 よくある話だが、父は死んだと聞かされていた。けれど親戚がぽろりと漏らす言葉の端々から、早い段階でそれは嘘だと気づいてもいた。
 正直、どちらでもよかった。父が人間として生きていようが死んでいようが、僕にとっての父は写真の中で若かりし母に寄り添う青年でしかないからだ。ただ、たまにこっそりアルバムを開くと父の写真の場所がわずかに動いていたりしたから、母にとってはそうではなかったのかもしれない。真相はわからない。いずれにしても、僕が大学に入ったあとすぐに母が倒れ、そのまま世を去ったとき、僕は永久に答えを失ってしまった。


 僕は府中にある東京競馬場にいた。
 初夏の空気を孕み、芝生と土と馬糞の匂いがわずかに入り混じる風が向こう正面から吹きつけていた。コンコースには人が溢れ、上着を脱いでも汗が肌を滲ませた。
 僕の目的のサラ系3歳ダート未勝利戦は第1レースだった。
 少数頭立てで向こう正面を発出した各馬に乱れは無かった。
 赤の帽子は道中好位につけ、直線に向くとスパートをかけて他馬を2馬身ほど離したあと、流しながら1着で入線した。2着には追走していた2番人気馬がそのまま入り、人気順、馬単540円の払い戻しが確定した。
 場内はまったくどよめかない。あっけなく、元あった場所に収まるようなおもしろみの無い決着だったが、僕は買っていた単勝馬券を折れないように財布にしまい、ただ場内アナウンスがかの騎手が初勝利である旨を告げている。

 ウィナーサークルでお立ち台に上がり初勝利インタビューを受ける彼は、19歳になったばかりの顔を紅潮させながら、色々な感情が混ざったような形容しがたい表情を見せていた。
 インタビュアから最後にひと言求められたとき、彼はしばらく沈黙を保ってからマイクにこう声を乗せた。
「ぜんぜん勝てなくて、色々考えもしましたけど、勝ててよかったです。まず1勝て感じですね。これでやっと墓前の父と母に報告できます。でもやっぱり、偉大な父に比べたらまだまだですからね。これは単なる通過点、とか言うのではなくて1勝1勝を大事に積み重ねていきたいと思います。ファンの皆様、これからも応援よろしくお願いします」
 どこかで聞いたような少し捻くれた物言いに、少し笑ってしまった。そのとき、彼と間違いなく目があった。一時のヒーローである彼は、見知らぬ僕からすぐに目線を外したが、僕はしばらくずっと覚えている予感がした。そして、不思議そうに何か物言いたげで人を窺うような視線もやっぱり似ていると思った。
 それで十分だった。彼がお立ち台から下り、地下馬道に向かって歩みを進めると同時に僕もまた歩き出し、後ろを振り返ることなく入場ゲートを出た。
 空は晴れ渡り、風が街路樹を揺らしている。気の早い人はもう半袖を着ていて、小脇に新聞を抱えた人とたくさんすれ違う。競馬場はまだ第1レースを終えたばかり。1日はこれからだ。彼も今日あと4回の騎乗が控えている。
 僕はしばらく振りに母の墓参りをするべく、京王線に乗り込んだ。

 同日、史上最強と謳われた競走馬の初年度産駒がメインの安田記念で大番狂わせを演じた。騎手は31歳で中央G1初勝利となった。


 1)言わずもがな、フィクションです。だいたい、主開催のそれもG1開催週で初勝利なんて上げるのほぼ無理。
 2)今日の夕方、1年弱ぶりに腹が立った出来事があった。わざわざ電話かけてきてクレームにしたがる人の気持ちが、ほんの少しだけ、わかった気がしました。




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