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■復縁狙い友人と強盗劇…女性襲わせ助けに登場
(読売新聞 - 04月16日 09:58)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1178645&media_id=20


 まったく笑えない。がんばれ。行動する人だけが道を開く。


 大学の印刷室にいたとき、ひと組みの男女がやってきたことがあった。
「○○先生今日からしばらくいないってね」「出張って言ってたよ」「どこ行ったんだろ」「さあ、どこだろうね」「出張って楽しそうじゃない?」「そう? あたし出不精だからよくわからないけど」「いろいろなところ行ったりしてさ。たまにはお出かけしたくならない?」「そう? わからないよ」
 しばらくして女の子のほうは用事があったらしく、男の子に印刷を任せて先に帰ってしまった。残された彼は、僕がまだ印刷室にいるというのに、深い溜息をついた。すごくわざとらしいような、意識された溜息だったように僕は思った。
 実際の事情はわからないし、僕の想像したようなこととはまったく違うのかもしれないけど、それでもあのときの溜息のつき方はすごく記憶に残った。


 他にも、講義形式の授業中に自発的に発言して、隣とか後ろとか周辺に座った女の子にもすごく積極的に話しかけていたやつがいた。自分の知ってる複数の女の子にセックスをほのめかすようなメールを送りまくっていたやつもいた。
 当然の帰結として、どちらの彼も、裏では笑われていた。僕の周囲の人間のほぼ100%がそうだった。でも、僕ひとりだけがまったく笑うことができなかった。

 はやく大人になって人を見下せるようになりたいな、なんて思ってみたりする。
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 さっき聴いた。

 もうだめかもしれない。10年も遅れてるとは思わなかった。今は、とにかくとても恥ずかしい。
 近所の本屋でお試し冊子みたいなものが置いてあったので、読んでみた。薄かったので、気がつくと全部一気に読み終えていた。

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!……よし、死にたいも10回言えば4回目あたりから言葉が形骸化するな」

 わかるわかる(笑)

「全部あたしに言わせやがった! どんだけ受身なんだ! 絶対好きって言わせてやる!」

 うーん、心がざわざわする。これはたぶんいい感じの刺激じゃない。でも、半月も前なら絶対確実に落ち込んでた。すこしは前向きになれてるらしい。彼と彼と彼女たちに感謝。

 ナントカペディアで調べたら、主人公は29歳の派遣社員らしい。僕が彼の年齢に追いつくまで4年もある、もしくは4年しかない。

 作者の絵、どっかで見たことあるな、と思ってたら、マガジンで「3.3.7ビョーシ」とか「トッキュー」を書いてた人だった。どおりで。女の子がかわいいんで好きな絵柄だった、確か。

「モテキ」なんて最近のはやりワードを使ってるけど、内容自体はわりとオーソドックスな「底辺男子」を描いたものだった印象を受けた。需要はあるんだと実感した。需要はあるんだ! 文章や描写を表面的に異質化するよりかは、オーソドックスなものを丁寧に書いていったほうがおもしろいものは出来上がるのかも。
 藤子F不二雄、「卒なくこなす人間優等生よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれの漫画を読みたい」。たぶん藤子F不二雄が言おうとしたことは現代では通用しないんだろうし、僕の理解とも違うんだろうけど、とくにこの言葉だけを取り出しては繰り返し繰り返し思い出してます。教えてくれてありがとう。

 でも、先行作品が出ると後発は大変だろうな、とか、こういうのはやったもん勝ちかな、とも思ってしまうのだけれど(苦)。
 幼稚園のとき、僕らゆり組はお遊戯会で「桃太郎」を演じることになった。配役を決めるとき、一人の園児が駄々をこね始めた。その結果、なんと主人公の桃太郎は2人いることになった。きっと義務教育界で言うところの職員会議が開かれたりしたんだろう。

 桃に扮した先生が、しゃがんだままよちよちと歩いていく。その後ろを、2人の桃太郎が同じ格好でついて行く。親ガモについていく子ガモみたいな感じだ。2人とも原色むき出しの作り物めいた衣装を着ていて、頭にはハチマキ、腰には刀を差している。刀は抜き放ってみればなかなかの重量感があった。そのことに少し感動しながらも、僕はシラけた気分を抱えていた。桃太郎が2人なんて変じゃないか、と思っていた。
 そう、桃太郎の1人が僕だった。
 僕の記憶ではこうだ。

 椅子を丸く並べて車座になった教室の中、いきなり騒ぎ出したやつがいた。小湊ナオトという名前だった。彼が何て言ったのか正確には覚えていない。ただ、桃太郎が2人になったという事実と彼が騒ぎ出したことは、僕の記憶の中で強く関連づけられている。

 しかし、実際に考えると2つの疑問点がある。
1.田代雅樹
 今の僕と20年前の僕は完全なる他人だから、4歳の僕が教室の中心的人物だった可能性も無くは無い。が、信じがたい。それよりも、発達障害の嫌いのある僕をあえて主役に抜擢させる、という教育業界的な吐き気のする配慮が図られたとするほうがよっぽど信憑性がある。もっと言えば、親が、僕の親が、幼稚園に働きかけてそうさせた、ということも考えられなくはないんだけど、さすがにその想像は親に対して失礼すぎる。

2.小湊ナオト
 小湊くんをひと言で言うと、小学校のスターだった。その当時の僕の感覚で、クラスの男の序列をあえてヒエラルキーのように解釈(じつに中二病的だが)すると、小湊くんはいちばんおいしいポジションにいたはずだった。
 いちばん上にはクラスの元締めみたいなやつがいる。将来の不良、中学に入ったら煙草吸います、という感じ。僕が小学生のときはちょうどJリーグが開幕してから数年経った頃で、彼も例に漏れずサッカーをしていた。「結婚するなら○○くんがいいよ、サッカー選手になっていっぱいお金もらうから」という会話がクラスの女子のあいだで発生したのを見たことがある。ちなみに今から思えば田代まさしに顔が似ていた。
 その下に彼の取り巻きがずらっと並ぶ。はっきり言って影が薄い。3~4人いたような気がするが覚えていない。
 そして、小湊くんを序列づけるとするならさらにその下あたりだろう。取り巻きよりも下、というわけだけど、じつはこのへんのポジショニングがいちばんおいしい。
 小中男子の価値なんて、足が速い、クラスを牛耳ってる、勉強が出来るといったところで、要は「どれほど目立てるか」というところにしかなく、それは「どれほどモテるか」というのとぴったりと比例する。さっきいった女子のあいだでの会話はそれを表してると言ってもいい。でも、そういう子はたいてい「高校入ったらメッシュ入れます」という感じの子だ。もっと賢明な、天然で頭のいい子は、むしろトップから数段落としたところにいる男の子を選ぶ。つまり、小湊くんのいるところだ。ここにいるのは大声出したり態度がでかかったり威張ってたりしてる連中よりも目立たないというだけで、内容を見ればそういう連中よりもはるかに上をいってる。たとえば、小湊くんは地域のサッカークラブに入っていて、僕の見た限り、学年で10~20番目くらいにサッカーがうまかった。クラスでは確実にトップだった。それにイケメンだった。なんだかよくわからないほどさわやかだった。だから、件の女子の会話を聞いて、僕は「ばかだな~」と思ったのだった。でも、やっぱりそれを聞いて同じく「ばかだな~」と思う女の子もいるはずで、きっとその女の子は素敵な女の子なんだろうな、と思う次第だ。


 自分に都合のいいように記憶を作り替える、というのをよくドラマやなんかで耳にするけど、実際に自分が体験するとなると複雑だ。果たして、僕は本当に記憶を作り替えて、駄々をこねたわがままな自分を小湊くんに投影したのだろうか。それとも、僕の記憶は事実とおりのもので、僕が桃太郎に選ばれて、小湊くんの若気の至りが炸裂しただけなのか。
 真相はわからない。
 ※これはさすがに言っておかなければなるまい(内容的に)。
 フィクションです。

 最近の日記、去年の9月ごろに書いたものと比べ、ずいぶん考え方が変わったなあ、って感じる。
 実際には考え方が変わったというよりかは、現実を認めざるをえなくなったってのが正しい。

 大学生活は文句なく楽しかった。でも、他の人はきっと僕の100倍は楽しかったんだろう。そんなことばっかり考える。そして、僕は、自分自身でも100倍楽しくできるチャンスを複数得ていながら、それに背を向けてばっかりいた。それが、許せない。

 思えば、去年の9月に書いていた考えは、自分への慰撫でしかなかった。あのときもあのときもあのときも、僕のできる行動は限られていた。そんなふうに主張したいんだ。
 確かに勇気が足りなかった。足りなかったというか、全然無かった。だから背を向けた。それも自然に。けど、それがあのときの僕にできる最大限の行動だったんだ、と去年の9月の僕は言いたかったんだ。あのときの、あの雰囲気。心臓を鷲掴みされるような緊張とか、裏腹な幸福と、だからこそ出てくる僕の片くなな態度。「お前にそんな幸福が訪れてるだなんて勘違いするなよ。気持ち悪いんだよ、真性ごみくずの分際で、イッチョマエに人間の真似事か?」
 そういう思いにがんじがらめにされて、身を縮こまらせ、背中を丸めて視線を落として幸福を受け取らないのが世界への礼儀のような気がして、勘違いしてないよ僕全然、それはそういう意味じゃあないもんね?なんつっていつまでもかっこつけたがるガキな僕は、目の前の女の子を傷つけながら背を向けて逃げ出した。何度も何度も。
 でもそれで結局、いったい誰が幸せになった?
 
 今は後悔してる。2月末から3月頭にかけて、僕はほんとにそう思った。もう2度とやらない。そう思った。そうやって僕は、「今」を生きていたはずの「過去の僕」を、「未来」っていう概念上の安全な地点から非難した。それに対して「過去の僕」は言う。お前は卑怯だと。あのときのあの感覚を忘れたわけじゃないだろう、と。知らない人間じゃないだろう、むしろ気持だってよく知ってるじゃないか。それなのに、そのことを無視して俺を非難するのか。ならばお前は卑怯だ。他人を口汚く罵ってストレスを晴らすやつと何も変わらない。自分のことを棚上げしてよく人のことばっかり言えるものだな。いいか、勘違いするなよ、過去の僕も今の僕も未来の僕も、すべてお前自身なんだよ。
 勘違いなんかしてない。だからこんなに苦しいんだ。3月の頭から今まで、部屋にいて死を考えなかったことがない。胸のあたりの不安と憤怒はいっさい薄らがない。いつも死ぬ妄想ばかりしてる。地震が起こればいいな、とか、戦争始まらないかな、とか思ってる。そのことの自分勝手さを思ってさらに自分を責める。生命保険の約款だって勉強した。免責期間の3年は長いよ。でもほんとは死にたくないんだ。死にたくないんだ。幸せになりたいんだ。もはや僕にそんな権利や資格が無いってこと知ってはいるけど、幸せになりたいんだ。違う、幸せになりたいなんて言わない、ひとえに死にたくない。負けず嫌いだからかな、このまま死んで、なんのために生きていたのかって思うのがすごくいやなんだ。虚しい。でも自分自身を許すことができない。客観的に見て、死んでほしい。もし僕の勤め先にテロリストがやってきて人質を取るのだったら、僕は喜んで射殺されよう。そのくらい、僕の生に意味があったら、いいな。
 なにを言ってるのかよくわからないが、でも、お前はやっぱり勘違いしてる。自分を苛めたら過去が清算されるってわけじゃない。そんなのただの言い訳だ。自分のことをいくらごみくずと呼んだところで、それは「はいそうですね」という話でしかない。つまり、きみが気づいてほしいのはこういうことだろう?「僕は確かにだめな人間です。人間以下です。生きてる価値ありません。――ということを、僕はちゃんと自覚してます。ね?立派でしょう?」。反吐が出るよ。死ねよ。誰にアピールしてんだ?誰にアピールしてんだ? お前は自分の傷を自分でえぐって、その無意味な蛮勇を自分に誇って、自分で自分を慰めてるだけなんだよ。言ってやろうか? 「羨ましい、きみ、独りで生きられるんだね、他人の存在、いらないんだね♪」

 わかってる。過去の責任なんて取れるわけがない。過ぎたことは、たとえば純文学小説みたいに、一人歩きしていろんな解釈をされるだけだ。そこに今の自分がしゃしゃり出て再解釈したり言い訳をしたりすることには何の意味も無い。
 わかってる。過去の責任なんて取れるわけがない。それでも人は過去の自分の行動に思い悩む。それを打ち消して、真に「過去の僕」と「今の僕」とのあいだのつながりを断ち切るには。「過去の僕」を「今の僕」にとっての赤の他人にして、心置きなく罵れるようにするには。そう、「過去の僕」ができなかったことをすればいい。行動しなかったなら行動するんだ。行動したのならやり方を変えるんだ。失敗を見て学ぶんだ、できたかったやつの。そして、栄光を掴んだのなら思いきって見下せ。きみにすらできたことを、「彼」はできなかったんだ。見下してもいい。思いっきり見下せ。容赦するな。人間扱いするな。そして踏み潰せ。心に広がる幸福と達成感でやつを潰すんだ。なに、気にすることはない。蟻を踏み潰したことをいつまでも覚えているやつはいない。それと同じだ。すぐに忘れる。すぐに忘れ、現実のことを考えはじめる。過去を顧みなくなる。そうしてやって初めて、「彼」は成仏して安らかになれるんだ。それが、きみの自分自身に対する礼儀だろう。忘れるなよ、今のきみは、過去から見れば未来だが、未来から見れば過去なんだ。未来のきみは、きっと今のきみを粉々に踏み潰しているはずさ。ほら、今のきみは確かに「死んだ」よ?



 ぜーんぶ理屈ではわかってる。なのに、かわいい女の子が歩いてきて、けっこう近い距離まで来てすっごい笑顔で「お疲れさまです」とか言ってくれたのに、とっさに目を逸らしながら「お疲れ様です」と言ったきり顔を背け体を背け、すべてを背けて逃げ帰ったやつがいる。部屋に独りでいるときに彼女の声とか一瞬だけ見た顔とか思い出しては幸福な気分になって、でもすぐにそれに対する自分の反応を思い出し自分を呪い殺したいような気分に陥っているやつがいる。
 わかってる、って言ったよな、お前。行動するしかないって、知ってるんだよな?
 ほんと、いいかげん誰か殺してほしい。
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