※これはさすがに言っておかなければなるまい(内容的に)。
フィクションです。
最近の日記、去年の9月ごろに書いたものと比べ、ずいぶん考え方が変わったなあ、って感じる。
実際には考え方が変わったというよりかは、現実を認めざるをえなくなったってのが正しい。
大学生活は文句なく楽しかった。でも、他の人はきっと僕の100倍は楽しかったんだろう。そんなことばっかり考える。そして、僕は、自分自身でも100倍楽しくできるチャンスを複数得ていながら、それに背を向けてばっかりいた。それが、許せない。
思えば、去年の9月に書いていた考えは、自分への慰撫でしかなかった。あのときもあのときもあのときも、僕のできる行動は限られていた。そんなふうに主張したいんだ。
確かに勇気が足りなかった。足りなかったというか、全然無かった。だから背を向けた。それも自然に。けど、それがあのときの僕にできる最大限の行動だったんだ、と去年の9月の僕は言いたかったんだ。あのときの、あの雰囲気。心臓を鷲掴みされるような緊張とか、裏腹な幸福と、だからこそ出てくる僕の片くなな態度。「お前にそんな幸福が訪れてるだなんて勘違いするなよ。気持ち悪いんだよ、真性ごみくずの分際で、イッチョマエに人間の真似事か?」
そういう思いにがんじがらめにされて、身を縮こまらせ、背中を丸めて視線を落として幸福を受け取らないのが世界への礼儀のような気がして、勘違いしてないよ僕全然、それはそういう意味じゃあないもんね?なんつっていつまでもかっこつけたがるガキな僕は、目の前の女の子を傷つけながら背を向けて逃げ出した。何度も何度も。
でもそれで結局、いったい誰が幸せになった?
今は後悔してる。2月末から3月頭にかけて、僕はほんとにそう思った。もう2度とやらない。そう思った。そうやって僕は、「今」を生きていたはずの「過去の僕」を、「未来」っていう概念上の安全な地点から非難した。それに対して「過去の僕」は言う。お前は卑怯だと。あのときのあの感覚を忘れたわけじゃないだろう、と。知らない人間じゃないだろう、むしろ気持だってよく知ってるじゃないか。それなのに、そのことを無視して俺を非難するのか。ならばお前は卑怯だ。他人を口汚く罵ってストレスを晴らすやつと何も変わらない。自分のことを棚上げしてよく人のことばっかり言えるものだな。いいか、勘違いするなよ、過去の僕も今の僕も未来の僕も、すべてお前自身なんだよ。
勘違いなんかしてない。だからこんなに苦しいんだ。3月の頭から今まで、部屋にいて死を考えなかったことがない。胸のあたりの不安と憤怒はいっさい薄らがない。いつも死ぬ妄想ばかりしてる。地震が起こればいいな、とか、戦争始まらないかな、とか思ってる。そのことの自分勝手さを思ってさらに自分を責める。生命保険の約款だって勉強した。免責期間の3年は長いよ。でもほんとは死にたくないんだ。死にたくないんだ。幸せになりたいんだ。もはや僕にそんな権利や資格が無いってこと知ってはいるけど、幸せになりたいんだ。違う、幸せになりたいなんて言わない、ひとえに死にたくない。負けず嫌いだからかな、このまま死んで、なんのために生きていたのかって思うのがすごくいやなんだ。虚しい。でも自分自身を許すことができない。客観的に見て、死んでほしい。もし僕の勤め先にテロリストがやってきて人質を取るのだったら、僕は喜んで射殺されよう。そのくらい、僕の生に意味があったら、いいな。
なにを言ってるのかよくわからないが、でも、お前はやっぱり勘違いしてる。自分を苛めたら過去が清算されるってわけじゃない。そんなのただの言い訳だ。自分のことをいくらごみくずと呼んだところで、それは「はいそうですね」という話でしかない。つまり、きみが気づいてほしいのはこういうことだろう?「僕は確かにだめな人間です。人間以下です。生きてる価値ありません。――ということを、僕はちゃんと自覚してます。ね?立派でしょう?」。反吐が出るよ。死ねよ。誰にアピールしてんだ?誰にアピールしてんだ? お前は自分の傷を自分でえぐって、その無意味な蛮勇を自分に誇って、自分で自分を慰めてるだけなんだよ。言ってやろうか? 「羨ましい、きみ、独りで生きられるんだね、他人の存在、いらないんだね♪」
わかってる。過去の責任なんて取れるわけがない。過ぎたことは、たとえば純文学小説みたいに、一人歩きしていろんな解釈をされるだけだ。そこに今の自分がしゃしゃり出て再解釈したり言い訳をしたりすることには何の意味も無い。
わかってる。過去の責任なんて取れるわけがない。それでも人は過去の自分の行動に思い悩む。それを打ち消して、真に「過去の僕」と「今の僕」とのあいだのつながりを断ち切るには。「過去の僕」を「今の僕」にとっての赤の他人にして、心置きなく罵れるようにするには。そう、「過去の僕」ができなかったことをすればいい。行動しなかったなら行動するんだ。行動したのならやり方を変えるんだ。失敗を見て学ぶんだ、できたかったやつの。そして、栄光を掴んだのなら思いきって見下せ。きみにすらできたことを、「彼」はできなかったんだ。見下してもいい。思いっきり見下せ。容赦するな。人間扱いするな。そして踏み潰せ。心に広がる幸福と達成感でやつを潰すんだ。なに、気にすることはない。蟻を踏み潰したことをいつまでも覚えているやつはいない。それと同じだ。すぐに忘れる。すぐに忘れ、現実のことを考えはじめる。過去を顧みなくなる。そうしてやって初めて、「彼」は成仏して安らかになれるんだ。それが、きみの自分自身に対する礼儀だろう。忘れるなよ、今のきみは、過去から見れば未来だが、未来から見れば過去なんだ。未来のきみは、きっと今のきみを粉々に踏み潰しているはずさ。ほら、今のきみは確かに「死んだ」よ?
ぜーんぶ理屈ではわかってる。なのに、かわいい女の子が歩いてきて、けっこう近い距離まで来てすっごい笑顔で「お疲れさまです」とか言ってくれたのに、とっさに目を逸らしながら「お疲れ様です」と言ったきり顔を背け体を背け、すべてを背けて逃げ帰ったやつがいる。部屋に独りでいるときに彼女の声とか一瞬だけ見た顔とか思い出しては幸福な気分になって、でもすぐにそれに対する自分の反応を思い出し自分を呪い殺したいような気分に陥っているやつがいる。
わかってる、って言ったよな、お前。行動するしかないって、知ってるんだよな?
ほんと、いいかげん誰か殺してほしい。
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