ヒマ潰しのひとつとして自転車を漕ぐ。頭がよからぬ考えで支配されるととにかく遠くへ行こうと思う。
中学生か! というノリツッコミを自身に課しつつ、スプロケット周りを掃除する。
ゴミは取り除いた。丹念に油汚れを拭いた。注油した。
ハンディポンプ装着した。換えのチューブとパンク修理キット持った。
東港線から萬代橋を渡り、恒例の信濃川河川敷へ。サイクリング、ランニング、いぬのさんぽ、デート、それぞれが好き勝手にこの道を使ってる。高校生カップルがベンチに座って話している。「ちょっと河川敷に寄って行こう」とか言ってここに至るんだろうか(違うんだろうな)。
関屋分水路を橋で渡り、下り坂の勢いに任せてそのまま青山へ突っ込む。
ずーっとずーっと、ひたすら西へ行く。途中、寺尾のあたりで丸木屋(白木屋だったか?)というラーメン屋に入ることを目論むも、本日休業の立て看板。
このあたりでもう困っていた。なにしろ目的地が無いものだから、どこまで行こうか、どこで引き返すべきか。とりあえず大学まで行ってみる。
相変わらず殺人的な上り坂を最大戦速で上りきり、大学前の道を流す。わずか2年前まで日常的に見ていた風景が流れていく。なにがどう違うわけでもない。別に異境の地でもないし、肌の色の異なる人が住んでいるわけでもない。それなのに僕は部外者、というプレッシャーに押しつぶされそうになっている。錯覚、及び被害妄想だ。けれど僕の体は如実にそれを感じる。
僕は何か大きなものをここに置き忘れている。そしてもう二度と手に入らないものだと思っている。だからちょくちょく来たくなるし、来るたびに同じことを感じるんだ。
手に入れたいもの、叶えたい望みがあった。奇跡がいくつも転がっていた。それらに気づかずに、あるいは気づいていない振りをして僕は素通りしていった。勘違いが怖かった。もちろん、素通りしたあとに気づいたものも多くあった。けれどそうして拾いに行くと、もう奇跡は奇跡では無くなっていた。
抽象的すぎてまったくわからん。要するに、チャンスは1回きりだったんだってことだ。当たり前だけど、頭と感覚の鈍い僕のペースに世界は合わせてはくれない。
現金なものだ。昨年の一時期、僕はまったくこんなことは考えていなかった。自分に絶望してるときだけこんな考えが繰り返し繰り返し浮かぶ。過去の自分のせいにしたいんだろう。人のせいにすることをよしとしない、なら責められるのは自分だけだから。せめて今の自分じゃなくて過去の自分を悪者にしたい。
自分は悪くない。その一瞬一瞬はともかく、平均して自分は間違ったことはしていないと信じている。けれどそれは必ずしも正しいことをしているということを意味しない。
ペダルを踏む足は止まらず、自転車は川を渡って未踏の地へ。
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